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【 剗の海・古剗の海はどんな湖だったのか? 】青木ヶ原樹海に埋もれた剗の海の全容は(熔岩樹型・熔岩洞窟の分布調査から)「富士学会論文」

[更新日]: 2015年01月10日

【 剗の海・古剗の海はどんな湖だったのか? 】青木ヶ原樹海に埋もれた剗の海の全容は(熔岩樹型・熔岩洞窟の分布調査から)「富士学会論文」

以下の掲載論文は2007年富士学会研究発表にて口頭発表された文面を公開するために作成したものです。許可なく複写、転載はできません。

「剗の海・古剗の海はどんな湖だったのか」
青木ヶ原樹海に埋もれた剗の海の全容は(熔岩樹型・熔岩洞窟の分布調査から)
The whole aspect of Sea buried among Aokigahara Lava floes
(From the distributional of a lava tree mold type/the lava cave)
渡辺長敬・三木廣・野口光男・関野律子・田村和幸・篠崎博紀・鎌上愛華・西道勇人・森 敦・宮下真里奈・三浦靖夫

(青木ヶ原樹海の周縁を踏破し陸域を立証できる熔岩樹型の分布位置をGPS測定し国土地理院地図ソフトを活用し、地図上にプロットして現地形図上に青木ヶ原熔岩流に噴火当時の陸域を割り出して、剗の海の推定水位を記載した。古剗の海についても青木ヶ原熔岩上に残されている熔岩樹型は津屋の地形図NW-13・NW-14によって埋没していない、つまり、古剗の海の時代、陸域であったことの立証になることから、古剗の海と剗の海の位置関係を立証する資料として使用した。

以下研究論文の要点を記載する。

「画像」竜ケ岳より、古剗の海を埋めた熔岩流及び剗の海を埋め尽くした青木ヶ原熔岩流、足和田山裾に西湖が小さく見える。


【 青木ヶ原熔岩流上の熔岩樹型と熔岩洞窟は陸域を示す物証 】

青木ヶ原樹海に残された熔岩樹型や熔岩洞窟、縄状熔岩、枕状熔岩などの物証は水域でない事を立証する重要な物証となる。

青木ヶ原樹海に残された熔岩樹型や熔岩洞窟、縄状熔岩、枕状熔岩などの物証は水域でない事を立証する重要な物証となる。

城山熔岩樹形群の周辺で古剗の海は分断され本栖湖と剗の海の2個に分断された事がこの周辺の青木ヶ原熔岩流上に残された熔岩樹型の存在で明らかとなった。(この地点以西には熔岩樹型は存在しない))

城山熔岩樹形群の周辺で古剗の海は分断され本栖湖と剗の海の2個に分断された事がこの周辺の青木ヶ原熔岩流上に残された熔岩樹型の存在で明らかとなった。(この地点以西には熔岩樹型は存在しない))

● 青木ヶ原熔岩流(西暦864年)の熔岩流は広大な剗の海を埋め尽くして、現在の精進湖と西湖に分断したと言われています。しかし、剗の海の規模や水位はどのような状態であったのかは解明されていません。富士山自然学校(株)ではこれらを正確に把握するため、早稲田大学(WAVOKU)の学生、富士山自然学校(株)・富士山エコネットのスタッフ等によって青木ヶ原熔岩流全域の踏査を行ない、剗の海と古剗の海の全容を解明するための調査を行っている。ここでは解明された成果を公開します。
● 青木ヶ原熔岩流中では熔岩樹型・熔岩洞窟の他、水中に流入した熔岩によって形成される枕状熔岩の存在を調査することで、噴火当時の剗の海の位置を立証する物証として、青木ヶ原熔岩流の踏査を行ない、物証となる熔岩樹型・熔岩洞窟・枕状熔岩の位置をGPS測定(世界測地系)で測定し国土地理院地図ソフト25,000を使用してその位置関係を図示した。
● 青木ヶ原熔岩流上に存在する熔岩樹型の最低海抜は西湖熔岩樹型の912m(横臥樹形)である。熔岩洞窟の床面流動を示す洞窟は945mであることから、剗の海の水位はこの範囲であることが推定できる。一方で水中を示す枕状熔岩は西湖湖畔の他、大和田地区で確認した海抜910mのボーリング調査跡地周辺である。

【 古剗の海は城山尾根の位置で剗の海を分断した 】

● 精進湖〜本栖湖に向かう国道沿いに城山尾根が樹海に伸びた地域がある。この周辺には津屋の調査によってNW-13・NW-14と表記した熔岩の露頭が点在し、これを青木ヶ原熔岩流が被履して本栖湖に流れ込んでいる。この城山尾根西方の地域では青木ヶ原熔岩流上には一切熔岩樹型は存在しない。しかし、城山尾根東方の位置周辺には熔岩樹型群が見られる。ここに熔岩樹型群が見られることは、古剗の海を埋めたNW-13・NW-14熔岩流は城山尾根東方には達していないことが立証でき、古剗の海を埋めて本栖湖と剗の海に分断したNW-13・NW-14熔岩流は城山熔岩樹型群の西方であることが確認できる。
● 城山熔岩樹型の確認によってNW-13・NW-14熔岩流によって分断された剗の海の位置は城山熔岩樹型群の東方〜南方であったことも樹形群の存在で確認された。この地域の南方には下り山下流の精進御穴・上人穴群と下り山熔岩樹型群がみられることから、古剗の海は上人穴の下流に存在する深さ20m以上の溶岩崖までで、この付近が最も狭くなっていた水域であることが分る。

【 熔岩樹形の示す剗の海は細長い河状の湖であった 】

● 精進湖畔の南東に赤池と呼ばれる地域に大規模な表層洞窟群が存在する。一部天井が崩壊しているが、東西に200m以上、幅30mに渡って表層洞窟を形成している。洞窟は水中では形成されないことからも陸域〜水際域であったことが分る貴重な物証である。この付近では第三紀層の尾根が精進口登山道付近まで伸びていて、青木ヶ原熔岩流はこの尾根を乗り越えて赤池方向に流入している。赤池の表層洞窟は海抜914m付近に形成されていることからもこの付近は剗の海の水際域であったことを示唆している。
● 西湖〜大和田付近は第三紀層の急斜面が続き、熔岩樹型と枕状熔岩が僅か数メートル差に存在する、従ってこの位置は剗の海の水位の位置であり、森林帯との境界部と考えられる最も有力な物証である。

【 レーザープロファイラー地形図の波状熔岩地形の先端は剗の海の領域 】

• 赤色レーザープロファイラー地形図に現れている青木ヶ原熔岩流の中に波状の地形が見られる。この波状の地形は熔岩流の流出方向を示すもので、水中ではこのような地形は現れない事からも、赤池方向に向かった熔岩流と大和田方向に向かった熔岩流の波状地形も調査した熔岩樹型や枕状熔岩の所在位置と合致したデータを表している。

【 青木ヶ原樹海の全容を解明するために 】



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